水素研究における独創性

By | 2016年10月15日

 どうして、私が水素を研究するという発想ができたのだろうか?
 どうして、私が研究をはじめた時点で水素の将来についても見通せたのだろうか?
 たまたま偶然、私が水素の研究をおこなうことになったのでしょうか?
 私の研究者への道、研究者として歩んだ道をふりかえってみると、偶然ではなく、水素の研究にいたる必然性があったのだと思います。
 私は、研究生活を送るようになってから、2つの目標、指針を掲げてきました。
独創的研究と実用化できる研究の2つです。
 ここでは、独創性について話をしましょう。
 私が独創性にこだわるには理由があります。
 私の研究歴で私の研究に対する姿勢で決定的な影響をうけたことがあります。
 それは、大学院生のときに「生化学若い研究者の会」の事務局長を務めた経験があることです。
 「生化学若い研究者の会」は、1953前に設立された自主的な会です。当時は、知識も設備もなく指導者もいない状況で、若い研究者たちが、なんとかしなくては!と思い立って設立したそうで、この若い研究者の会の主要OBメンバーには研究者として超一流、一流の人があふれています。先輩には、今年ノーベル賞を受賞した大隅良典先生もいらっしゃいます。
 生命科学(生化学・分子生物学・バイオテクノロジーなど)の分野に興味を持つ大学院生を中心に構成され、全国各地でシンポジウムやセミナーなどの活動を行い、若い研究者のネットワーク作りを進めています。合宿スタイルの「生命科学夏の学校」が主なイベントです。自主的なボランティア活動ですのに、脈々と63年も続いています。

 かれこれ38年前の話になりますが、私が大学院博士課程のときに、関東支部に事務局長の役回りがまわってきて、否応無しに私が引き受けることになってしまいました。大学院時代は、すべての時間を研究につぎ込まなくてはならないのに、そんな余分な仕事をかかえこむことは、ある意味では「割の合わない」仕事でした。

 若い研究者の会では、若い研究者の待遇改善についても議論しましたが、若いだけあって、いろいろ議論をしていました。皆、よい研究をしたいのです。よい研究をするために、研究者の道を選ぼうとしているのです。お金が欲しければ、他の職業につけばいいですし、時間が欲しければ他の職業につけばいい。
 金と時間がないわりに自由というわけでもなく、厳しい世界です。
 創造的な研究、独創的な研究を行うにはどうしたらいいか、よく議論していました。
 経験のない若い学生が議論をするので、堂々めぐりばかりです。
 ほかの人と違うことをすれば、独創的なのか?
 どうしたら、独創性が培われるのか?

 このように、何年も何度も、独創性とは何か、独創的な研究をするには、どうしたらいいか、このような議論ばかりしていたものですから、この会で事務局長を務めた者として後輩に対して恥ずかしいことはできません。独創性のかけらもない仕事だけはしたくないという思いはいつでも持つようになりました。
 独創性のある研究に挑むのは、結構、勇気のいることです。他の人と違うことを言うことになれば非難も集まる、時には無視される。それだけに、その独創性から逃げる人と、それでも大切にする人が出てくるわけです。往々にして、人から文句を言われるのが怖いからと、多くの人がやっている研究をやりたがる傾向があります。特に日本人は。

 独創的な研究をするには、(1)独創性を常に求め続ける。(2)独創的な研究に遭遇する機会があったら逃げない。のふたつです。これが私の信念のようなものです。