Monthly Archives: 10月 2016

大隅良典先生、ノーベル賞受賞おめでとうございます:独創的研究の原点


 大隅先生はノーベル賞受賞時に、「誰もやっていないことをやろう。」と思い、現在の研究テーマを設定したとおっしゃっていました。
 「水素研究における独創性」では、私が「生化学若い研究者の会」の事務局長を務めたことがあること、それが現在の独創的な研究につながったことを話しました。大隅先生も、「生化学若い研究者の会」のOBメンバーで、独創性・オリジナリティーについて、何度も話をされています。
 30年くらい前、大隅先生が、ちょうど現在のオートファジーの研究をはじめたころに、長野県の蓼科高原で開催した「生化学若い研究者の会の夏の学校」のパネルディスカッション「独創性、オリジナリティとは何か」で講演されたことを思い出します。その他のパネリストは、郷通子さん(元お茶の水大学学長)と山本雅さん(元東大教授)で、このお二人は、すでに著名な研究業績を挙げておられました。特に、山本さんは、「がん」を専門にしていましたので、競争の激しい分野でしたから、「競争の激しい分野であるからこそ、他の人にない独創性が必要なのだ。」とお話されていました。郷先生は、カーリーヘアにしたら、周りが違って見えて、新しい発想ができたと話されました。大隅先生は、他の二人に比べれば、新しいテーマを始めようとしていたころで、まだ論文も出ていない状況でした。しかし、「大切なのは、人のやらないことをやろうという精神ではないか、流行を追わない精神が大切」とお話しになられたのを記憶しています。
 2008年の生化学会大会期間中に開催された、「生化学若い研究者の会創立50周年記念シンポジウム」では、大隅先生は、生化学若い研究者の会は、大変な財産だった、と最初にお話しになりました。めちゃくちゃ自発的な会で、修士1年から博士課程修了まで皆勤なさったとのことです。分子生物学の興隆期で、それほど権威が見えない、自由な雰囲気の時代だった、交流の実が見える時代だった、貧しいが夢のある時代だった、と振り返られました(日経バイオテク https://bio.nikkeibp.co.jp/article/bc/0020/0141/)。
 2010年に、夏の学校50回記念の夏の学校にOBとしてシンポジウムに招かれて、私も後輩に向かって話をしたのですが、その時のテーマもやはり「情報過多な時代のオリジナルな研究とは?」でした。「当時と現在での研究の進め方がどのように変わってきたか?日本発の研究を如何に創成していくか?国際的研究者になるには?」などが議論のテーマでした。
 このような空論みたいな議論が何になるのだろう?役に立つのだろうか?と思った事もありますが、若いときの議論が実際の研究の際、特に苦しいと思えたときには、生きてくるものなのでしょう。
 今年の3月に大隅先生とお会いしたときに、「水素研究はどうなってる?」「大化けしそうだね。」と励ましの言葉をいただき、「わかる人には、ちゃんとわかる。」と心強い思いをしました。

 大隅萬里子夫人には、私の先生である吉田賢右先生の奥様の妹さんということもあってか、お世話になりました。35年くらい前、私が前橋に住んでいた頃、当時夜遅くまで一緒に飲んでいて、終電に間に合わなくなってしまったことがあります。そのときは、真夜中に自宅へ連れていっていただいて、泊めていただきました。現在も、学生や若い研究者を自宅に泊めておられると聞いています。


水素研究における独創性


 どうして、私が水素を研究するという発想ができたのだろうか?
 どうして、私が研究をはじめた時点で水素の将来についても見通せたのだろうか?
 たまたま偶然、私が水素の研究をおこなうことになったのでしょうか?
 私の研究者への道、研究者として歩んだ道をふりかえってみると、偶然ではなく、水素の研究にいたる必然性があったのだと思います。
 私は、研究生活を送るようになってから、2つの目標、指針を掲げてきました。
独創的研究と実用化できる研究の2つです。
 ここでは、独創性について話をしましょう。
 私が独創性にこだわるには理由があります。
 私の研究歴で私の研究に対する姿勢で決定的な影響をうけたことがあります。
 それは、大学院生のときに「生化学若い研究者の会」の事務局長を務めた経験があることです。
 「生化学若い研究者の会」は、1953前に設立された自主的な会です。当時は、知識も設備もなく指導者もいない状況で、若い研究者たちが、なんとかしなくては!と思い立って設立したそうで、この若い研究者の会の主要OBメンバーには研究者として超一流、一流の人があふれています。先輩には、今年ノーベル賞を受賞した大隅良典先生もいらっしゃいます。
 生命科学(生化学・分子生物学・バイオテクノロジーなど)の分野に興味を持つ大学院生を中心に構成され、全国各地でシンポジウムやセミナーなどの活動を行い、若い研究者のネットワーク作りを進めています。合宿スタイルの「生命科学夏の学校」が主なイベントです。自主的なボランティア活動ですのに、脈々と63年も続いています。

 かれこれ38年前の話になりますが、私が大学院博士課程のときに、関東支部に事務局長の役回りがまわってきて、否応無しに私が引き受けることになってしまいました。大学院時代は、すべての時間を研究につぎ込まなくてはならないのに、そんな余分な仕事をかかえこむことは、ある意味では「割の合わない」仕事でした。

 若い研究者の会では、若い研究者の待遇改善についても議論しましたが、若いだけあって、いろいろ議論をしていました。皆、よい研究をしたいのです。よい研究をするために、研究者の道を選ぼうとしているのです。お金が欲しければ、他の職業につけばいいですし、時間が欲しければ他の職業につけばいい。
 金と時間がないわりに自由というわけでもなく、厳しい世界です。
 創造的な研究、独創的な研究を行うにはどうしたらいいか、よく議論していました。
 経験のない若い学生が議論をするので、堂々めぐりばかりです。
 ほかの人と違うことをすれば、独創的なのか?
 どうしたら、独創性が培われるのか?

 このように、何年も何度も、独創性とは何か、独創的な研究をするには、どうしたらいいか、このような議論ばかりしていたものですから、この会で事務局長を務めた者として後輩に対して恥ずかしいことはできません。独創性のかけらもない仕事だけはしたくないという思いはいつでも持つようになりました。
 独創性のある研究に挑むのは、結構、勇気のいることです。他の人と違うことを言うことになれば非難も集まる、時には無視される。それだけに、その独創性から逃げる人と、それでも大切にする人が出てくるわけです。往々にして、人から文句を言われるのが怖いからと、多くの人がやっている研究をやりたがる傾向があります。特に日本人は。

 独創的な研究をするには、(1)独創性を常に求め続ける。(2)独創的な研究に遭遇する機会があったら逃げない。のふたつです。これが私の信念のようなものです。


おならをがまんするのは健康に良くない!:水素と悪玉腸内細菌の関係


 「某大学教授や某国立研究所の『水素は水素水よりもおならに多く含まれている』の指摘に、おならを我慢する人や、おならを吸おうとする人が続出」という話題があるそうです。冗談かと思って無視していたら、本当に水素の効果を信じておならをがまんする人がいると聞いてビックリしています。
 おならをがまんすると健康にいいどころか、とても非常に悪いのです。

 一部の腸内細菌が水素を発生するのは本当です。しかし、腸内細菌すべてが水素を発生するわけではなく、善玉菌のビフィズス菌や乳酸菌は水素を発生しません。主に水素を発生するのは、悪玉菌の代表のウェルシュ菌と大腸菌です。この悪玉菌が腐敗によって作り出す物質が、おならの臭い原因です。単に臭いだけなら笑ってすませばいいのですが、発がん物質を含む有毒物質が多く含まれています。その有毒物質は吸収され、全身を巡ります。さらに、悪玉菌が発生する有毒物質は便秘を促し、便秘は悪玉菌の増加という悪循環をもたらします。
 
 ただし、悪玉菌が発生する有毒物質が健康に悪いのであって、悪玉菌の発生する水素が悪さをするわけではありません。あるテレビ番組で、「悪玉菌は健康に悪い=悪玉菌は水素を発生する=だから、水素は健康に悪い」ということを話していた人もいましたが、これも完全な誤解です。

 「腸内細菌が発生する水素よりも水素水を飲む方が効果的」(http://shigeo-ohta.com/topics120/)も合わせてお読みください。
 おならをしたくなったら、トイレに駆け込んで下さい。


ノーベル賞を2回受賞したライナス・ポーリング博士が提唱した抗酸化


 2013年の中国海南島で開催された国際学会で、ある中国女性から声をかけられ最前席の隣の席に座るように促された。彼女は、ライナス・ポーリング博士(1901年-1994年)の孫と結婚したとのことで、義理の祖父ライナス・ポーリング博士について興味深い自慢話を聞くことができた。
 ノーベル賞を2回受賞した人は歴史上4名いる。しかし、別分野で2回ノーベル賞を受賞したのは、ライナス・ポーリング博士だけである。1954年に「化学結合」の概念を提出した業績で、ノーベル化学賞を受賞した。さらに、地上核実験に対する反対運動をおこし、1962年にノーベル平和賞を受賞している。翌年の1963年に部分的核実験禁止条約が締結され、これ以降は大気中の核実験は事実上禁止され、閉鎖された地下核実験のみが行われている。北朝鮮でさえ、大気中核実験ではなく地下核実験を行っている。現在の世界が放射能まみれにならなかったのは、ポーリング博士たちの運動によるものである。
 学問では、量子力学を物質のなりたちに適用し、量子化学・化学結合の概念をうちたてた。さらに、分子生物学の勃興に重要な役割をはたし、コラーゲンなどのタンパク質の立体構造を決定した。さらに、遺伝子病の原因を遺伝子解析によって明らかにし、鎌形赤血球の原因遺伝子を決定した。さらに、人間の健康に対して、分子矯正医学の概念を提出した。さらに、当時電気自動車の開発にも取り組んだ。このように、「さらに」「さらに」「さらに」「さらに」と連続して紹介するほど、驚くほど多様な方面に業績を残した人であり、人類の幸福を願った人である。これらの業績によって、英国の科学誌New Scientistでは、歴史上の偉大な科学者100名の一人として認められている。20世紀では、相対性理論のアインシュタイン博士と2人だけが選ばれているくらい偉大な研究者であり社会人であった。
 ポーリング博士が最後に取り組んだ課題は、人類の健康である。健康にとって活性酸素が諸悪の根源であるので、その活性酸素を消去する抗酸化物質を大量に摂取することを推奨したのである。ポーリング博士は、ビタミンCの大量摂取を推奨した。ノーベル賞受賞者が推奨したので、多くの製薬会社では強力な還元剤の開発が進められた。しかし、抗酸化物質は還元力が強ければ強いほど副作用が強くなるようになる。抗酸化物質の大量摂取については、ポーリング博士は間違っていたのだ。活性酸素には必要な活性酸素と生体を破壊する活性酸素があることを知らなかったため、必要な活性酸素も消去しようと考えてしまったのである。分子状水素のような適度の還元力を持ち、必要な活性酸素は選択的に消去しないことが重要であるという考えには及ばなかったようである。
 もしも、ポーリング博士がビタミンCではなく、分子状水素の還元力に気がついていれば、3回目のノーベル生理学・医学賞も受賞したかもしれない。
 ポーリング博士の意思はScience brings people togetherを目標とするNobel-Pauling Biotech Symposiumに引き継がれている。The goal is to build a bridge between academia, government and industry, and to mix good business with exciting science globally. ここでも、基礎科学の重要性を説いている。
 ちなみに、ポーリング博士が亡くなった1994年に私は日本医科大の教授として迎えられた。


水素の効果は、パラダイムシフト


 分子状水素(H2)の高等生物に対する多様な効果は、まさしく一種のパラダイムシフト(paradigm shift)と言える。2007年に私たちが論文を発表するまでは、分子状水素は高等生物に対しては何ら効果がないというのが常識であった。そのため、9年を経た現在も「水素には何ら効果がないはずだ。あり得ない。」という過去の常識にとらわれてしまう人がいるのは、そんなに不思議なことではない。
 「パラダイムシフトとは、その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することをいう。パラダイムシフトの例として、まず旧パラダイム(例:天動説)が支配的な時代は、多くの人(科学者)がその前提の下に問題解決(研究)を行い、一定の成果を上げるが、その前提では解決できない例外的な問題(惑星の動きがおかしい)が登場する。このような問題が累積すると、異端とされる考え方の中に問題解決のために有効なものが現れ、解決事例が増えていくことになる。そしてある時期に、新パラダイム(地動説)を拠り所にする人(科学者)の数が増えて、それを前提にした問題解決(研究)が多く行われるようになる。(ウィキペディアより引用)」
 基礎科学の発展を振り返ってみても、パラダイムシフトがおきた例は多くはない。そして、パラダイムシフトにより過去の常識が完全に否定された時でも、なかなか新しい常識を受け入れられない人が多かったのも歴史的事実である。

 私が大学1年生だった1971年3月に「科学革命の構造」というパラダイムシフトを主題とする1冊の書籍が出版された。科学史家のトーマス・クーン博士が執筆した本を科学史研究家の中山茂東大助教授(当時)が翻訳されたものである。どのようにパラダイムシフトが起きるのか、その常識の変換に人々はどのように対応したのか、などが興味深く書かれていた。4月からは、中山先生が主催された科学史のゼミに参加したので、中山先生から直接教えをうけることができ、その教えは今も鮮明に覚えている。そして、当時自分がパラダイムシフトを起こすような研究に携わることができたらすばらしいだろうと思ったことを思い出す。歴史に学び、現在の研究に生かす。大学の教養課程で学んだことが、現在の専門の研究の進め方に生きている。


水素水の国際的標準(ISO)認証へ向かって


 先日、中国の山東省の泰安市で行われた第三回中国水素医学生物学会の期間中、私も含め日本・中国・韓国・米国の研究者5名が中心となって水素水の国際的標準化へ向かって、International Hydrogen Standards Association (IHSA)を設立しました。ここで、世界で唯一の水素水の標準を決め、国際的な認証を得ようとするものです。中国・韓国でも水素水に関しては怪しい商品が出回ってきているので、ちゃんとした製品を国際的に標準化する必要が生じてきたからです。科学に国境はありません。
 世界の製品の標準でもっとも権威と信頼がある認証は、国際標準化機構(International Organization for Standardization、略称 ISO)によるものです。ISOは、国際的な標準である国際規格を策定するための非政府組織で、スイスのジュネーヴに本部を置きます。ISOでは、ほぼ2万ある規格は、工業製品や技術から、食品安全、農業、医療までの全ての分野をカバーしています。
 そこで、IHSAで水素水の標準を決め、ISOに認証していただくように働きかけます。幸いなことに5人の中心メンバーの中には、ISO認証に深く関与した経験をもつ科学者もいるので心強いかぎりです。こうすれば、ちゃんとした水素水には、ISOのマークがつくことになり、消費者も商品の選定に困ることはなくなるはずです。


中国泰山大学 水素生物医学研究所の設立


 昨年、中国の山東省泰山大学には、水素医学の研究所が設置されました。産学官の共同設立です。所長の泰教授(Qin教授)は、昨年も日本に招待し、親交を深めてきました。
 この研究所では、基礎医学と臨床試験が精力的におこなわれており、これからは臨床試験に力を注ぎ、1万人を対象とした水素水の臨床試験を計画しているとのことです。中国パワーには圧倒されます。 
 表敬訪問では大歓迎をうけ、大学としても水素医学には大きな期待を寄せているとのことで、これから、水素医学の世界の中心となっていく予感がしました。


中国の水素医学生物学会への出席


 9月25日に中国の山東省泰安市で、第三回目の水素医学生物学会が開催され、招待講演をしてきました。約300名の参加で、活発な雰囲気でした。参加者の国別では、日本・韓国・米国・マレーシアです。中国を訪れる度に、中国の研究レベルの向上には驚かされます。若い研究者も着実に育っています。論文数ではとっくに中国に抜かれており、「質では日本は負けないぞ」といっても、やせ我慢をしているような気がしてしまいます。
 山東省教育庁と泰安市政府が主力単位(主催という意味か?)ということで、政府が学会へも積極的にバックアップしているようです。科学には国境がないので、水素医学の創始者として高く評価され、学問が発展するのはたいへんうれしいのですが、日本の状況を考えると、少しだけ悲しくなった中国の学会参加でした。
 なお、11月には韓国での水素医学のシンポジウムが開催される予定で、出席してきます。